一日一生。

こんにちは、たてちゃんです!

今日は、いつもお世話になっている
港区の、ある飲食店に行って来ました!

「Teas Üniwa 白金 & 斎庭 Salon de thé」
というお店です。

写真の通り、店内はとても綺麗で
すーーっと呼吸が深くなるのがわかるくらい
落ち着く空間なんです!

一日一生とは?

で、今回は、
お掃除やお皿洗いなどを
させて頂きました。

そして色々なお話を
聞かせて頂いたのですが、
その中でもグッと心に来たことを

お話したいと思います。

それは、
「一日一生」という言葉
についてです。

今日1日が人生の最後の日だと
思って精一杯生きようという意味です。

僕はこの言葉を聞いたのは
初めてではないんですが、

「今日1日が人生の最後の日」だと
いう感覚が全然分からずにいました。

でも、今日は違ったんです。
何か感覚がパチッと
切り替わった気がしたんですね。

今日この話をして下さった方には、
師と仰ぐ先生なる人が
いらっしゃるのですが

その先生の下には多くの生徒さんがいらっしゃって、
夜な夜な生徒さん相手に
お話をされるそうです。

孔子と門人たちの関係
みたいなイメージです。

で、先生がいつも口にされる、
ある言葉あります。

それは、
「私は今日が人生の最後の日
だと思って生きている。

もしかすると、私がここから
帰る時に事故に遭うかもしれない。
地震が来るかもしれない。

私が君たちに話をできるのは
今日で最後かもしれない。

つまり、この一瞬一瞬を
生きていることが奇跡なんだよ。
そう思って、私は今君たちに話をしている。」

という言葉です。

僕の感覚が変わった瞬間

僕はこの話を聞いた瞬間、
胸がジーンとして、
目の奥が熱くなり、
感覚がパチッと切り替わった気がしました。

僕は今まで、一日一生とは、
「やりたいことを決めて
1日の間にやりきる」
という感じかなと思っていました。

つまり、一日の中でどれ
だけのことが出来るのか
に注目していたんです。

でも、よくよく考えると
1日って人間が勝手に決めた、
都合のいい区切りであり、

人生って1日1日の
積み重ねである以前に
一瞬一瞬の積み重ねだなーって
思ったんです。

ってことは、一日一生って

この一瞬が人生最後の瞬間だと
思って生きることじゃない?
って思ったんです。

これは僕の主観ですけど、
こう考えた方が僕的には
しっくりきたんです。

で、その話を聞いたあと、
お皿洗いをさせてもらったのですが、
「このコップが僕のこの世で
最後に触れたものになるかもしれないな」

「このお鍋を洗うのはこの一瞬で
最後になるかもしれない」

「一つ一つのお皿との出会いを大切にしよう」

と思いながらやりました。

お皿洗いで泣きそうになった

すると、さらに感覚が変わって、
「一日一生って目の前の全ての出来事、物事全てに一期一会を感じること」
なんじゃないかなと思ったのです。

そう考えると、目の前のお皿たち
1枚1枚が全て愛おしく思えてきて、

ただのお皿洗いなのに、
泣きそうになったんです。

えっ?って思いますよね。

僕は自分でも驚きました。

今までも物にも心があるかのように
接することを心がけて来ましたが、
泣きそうになることなんて
一度もありませんでした。

でも、今日はお皿たちと通じ合って
もっと心の奥深くで
繋がれた気がしたんです。

「生まれてきてくれてありがとう」
「出会ってくれてありがとう」

こうゆう気持ちになったんですね。

僕は子供を持ったことがありませんが、

お母さんやお父さんになった気持ちって
もしかしたらこんな気持ちなのかな?
って思いました。

実際に持ってみると
違うのかもしれませんが、
本当にそんな気がしたんです。

今まで見たこともない
世界を触れた瞬間でした。

この経験、この感覚は
ずっと大切にしていきたいです。

明日は塾の仕事があるのですが、
「一日一生」を胸にしまって、
一瞬一瞬を目の前の生徒と
向き合いたいと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
では、この辺で!

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