たてちゃんの自己紹介、第2弾✨

こんにちは、たてちゃんです!

今回も前回に引き続き、僕の自己紹介について書いていきたいと思います。
(※この記事は6分で読めます。)

前回のおさらい

前回の内容を簡単にまとめておくと、

・僕が現在取り組んでいること
→塾講師、1日1日のごはんを大切にする、インターンシップでレシピサイトの開発、
受験でお世話になった恩師の塾のお手伝い、食の大切さを伝える映画を広める。

・僕の使命とは?
→「食の大切さを伝えて(教育して)、日本から世界を変える」

・僕がカンボジアの学校や孤児院の訪問するに至った経緯、またそこで得た経験
→きっかけは、高校時代の生徒会活動。
ある経営者の言葉によって、カンボジアにいくことを決意。

「真のボランティアとは、自立させること」
「一つの考え方に固執せず、物事を多面的に柔軟に捉えることの大切さ」
に気づく。

という感じです。前回の記事は↓から。

第1回✨たてちゃんの自己紹介

2018.05.08

今回の記事では、

  • 高校生の時は、どんな生徒だったのか?
  • 恩師との運命的な出会いとは?
  • なぜ塾講師をやりながら、恩師の塾の手伝いをしているのか?

について書いていきたいと思います。

高校時代のたてちゃん

前回も書きましたが僕は大学に入ってから、

「自分のやりたいことを築く、そして気づく!」というテーマの_下、

・周りの人があまりやらないようなこと
・自分が今まで経験してこなかったこと
・興味があること、憧れること

などを、たくさんやってきました。

それが、塾講師や恩師の手伝いであったり、
ネットビジネスや投資や起業であったり、
貧国の孤児院の訪問、借金であったりします。

ここで前回と同様、高校時代まで遡ってみたい思います。

高校生の頃、僕は自称?進学校に通っており、
周りと比べて勉強の意識は高かったです。

僕は昔から人に勉強を教えるのが好きで、
中学生の頃から友達に勉強を教えていました。

また、進路相談に乗ったり、
メンタル面のアドバイスをしたりしていたこともあります。

高校時代も同様に、周りの相談に乗ることが多かったです。

「勉強に悩んでいるなら、あいつに相談するといい」という噂が広まり、
僕は連日いろいろな人の相談に乗っていました。

直接話すことも、ラインでやりとりすることもありました。

高校三年生のセンター試験が終わった頃、親友から、

「全然うまいこと、いかへんかったわ。
僕これからどうしたらええんかな、もうダメや」

というラインが来た時は、僕も思うような結果を残せていませんでしたが、

「今まで、雨の日もずっと頑張ってきたやん。
ここで諦めるか、諦めないかは自由やけど、
最後までやり抜いたら、絶対見えてくるもんがあるで、やるしかない」

というようにアドバイスをしました。そのお陰かは分かりませんが、
その親友は無事合格を勝ち取ることができました。

いろいろ書きましたが、僕はまぁまぁ意識は高く、
勉強を教えたり相談に乗ったりすることが
好きだったんだってことです。

恩師との出会い

恩師との出会いは、恩師(以下、与那嶺さんとします)が運営していた、
HERO ACADEMYという大学受験ブログを見ていたことがきっかけです。

そのブログはこちら!

友達へのアドバイスは、このブログに基づいていたことが多かったです。

高校三年生になったあるとき、与那嶺さんが大学受験コミュニティーを作ったので、
そこに入りました。インターネットを使ったオンライン学習塾のようなものです。

この選択が後に、僕の人生に大きな影響を与えることになります。

僕は必死に勉強しましたが、志望校であった九州大学に惨敗しました。
九州大学にしか行くつもりがなかったので、この瞬間、浪人が決まりました。

浪人したら、普通は大手予備校や大手の塾に行ったりするのですが、

僕は違いました。

家族を説得して、与那嶺さんが起業して作ったばかりのオンライン学習塾に入りました。

ここで少し、この塾の指導に関する説明をさせてください。

与那嶺さんの指導は、学校や普通の予備校と大きく違っていました。

とにかく戦略的だということです。

例えば、「英語数学先行戦略」です。

これは、他教科には一旦手をつけず、
先に英語と数学だけをひたすら伸ばすという戦略です。

常識とは一線を画す戦略ですが、
先生の戦略は非常に理にかなっていて、

・ゴールを意識し、逆算した勉強法
・実質の伴った勉強法

を実践することができ、無事大学に合格することができました。

浪人時代には、
何事にも代えようのない貴重な経験が出来ましたが、

学んだことを一つあげると、
前回の記事でも書いたことですが、

「正しい?正しくない?というようにすぐに答えを出さず、
物事を多面的に捉えることの大切さ」

です。

僕は浪人するまで、

「九州大学しかだめだ!ここに絶対に行ってやる!」
「九大しか、受けるつもりはない。ここにいけなかったらおわりだ。」

と思い込んでいました。

一見すると、意志が強くていいんじゃない?と思われると思います。

しかし昔から僕は、悪く言うと頑固で思考の柔軟性がなく、
一つのことに集中すると、周りが見えなくなる性格でした。

つまり、性格の「偏り」がありました。
そんな僕にとって必要なのは、柔軟な考え方ができるようになることだったのです。

僕は与那嶺さんのオンライン学習塾に通った経験を通じて、

・柔軟な考え方をすることで性格の偏りを無くし、
「中庸」「中正」になることの大切さ

・偏った考え方を止め、
物事を「多面的」に捉えることの大切さ

を学ぶことができました。

僕は、受験勉強は単に学力を上げるためだけではなく、

・自分と向き合う
・自分の弱さに打ち勝つ
・学ぶ姿勢の基本を知る

など、もっと貴重な経験をできるものだと思います。

実際に塾の仲間からは、

「出会った頃は周りのことをあまり考えず、喋りたいことだけ
喋っていたけど、今は周りを見て上手く場をまとめることができてる!」

「周りの状況を見て、柔軟に対応できるようになったよ!」

と言われるようになったのです。このように、
浪人生活を通して学力面以外も鍛えることができました。

これは与那嶺さんの塾に入ったからこそ、できたことだと思っています。

ここまでが、高校生から浪人を終えるまでのストーリーです。

なんでたてちゃん塾講やってんの?

そしてここからは、
・僕が塾講師をしている理由
・Mさんの手伝いをするようになった理由
について書いていこうと思います。

浪人を終え、僕は東京にある大学に進学しました。

東京に来た理由の一つに、「与那嶺さんの手伝いをする」
というのがありました。

現役時代の数ヶ月間と浪人時代の1年間、与那嶺さんの指導を受けてみて、

「受験生をただ大学に受からせるだけでなく、
その先の人生までをここまで考えてくれる人は他にいない!」

「もっと与那嶺さんの考え方が、日本に広まればいいな。」

「そのために、僕は力になりたい」

と思うようになり、東京で与那嶺さんの手伝いするつもりでした。

しかし僕が東京に来た途端、与那嶺さんは大阪に引っ越してしまうのです(笑)

その理由は、大阪にある大学受験塾の運営のサポートをするからでした。
その塾とは、大学受験塾ミスターステップアップという変わった名前の塾です。

その塾のホームページはこちら!

この塾は、与那嶺さんが長年描いていた塾のあるべき理想像を
全て体現している塾だったのです。

ネット関係のことが得意だった与那嶺さんはこの塾の理念にとても共感し、
ネットを使って日本に広めることを志しました。

僕も、
「この塾はすごい!僕も力になれれば!」
と思って、

現在この塾の手伝いをするに至りました。

と同時に、

「与那嶺さんやこの塾から学んだことや
僕自身の受験の経験を生かしたい!」

と思ったことがきっかけで、現在塾講師をやるようになりました。

与那嶺さんやこの塾の詳しい話は、また後々伝えていくとしますね。

恩師との出会いは運命だった?!

そういえばまだ、
・恩師との運命的な出会いとは?
について詳しく書いていなかったので書いていきます。

現在は、

・浪人することで、大きく成長できた
・受験でお世話になった恩師の塾のお手伝い
・塾の講師として働く

など色々やっていますが、

過去を振り返ってみると、すごいことがわかりました。

それは、
「与那嶺さんとの出会いが僕の人生に大きく影響を与えている」
ということです。

もっと詳しく振り返ってみると、

・僕が与那嶺さんのブログを読んでいなかったら、
与那嶺さんの経営するオンライン受験塾に入っていなかった

・オンライン受験塾に入っていなかったら、
浪人中に大きな成長をすることができなかったし、
与那嶺さんの手伝いをすることもなかった

・そうすれば、塾講師をやることもなかったし、
なんの目的もなく大学生活を過ごしていたかもしれない

というような感じです。

こうやってみると、確かに与那嶺さんと出会った影響が大きいといえます。

そこで僕は思いました。

・これらの出来事は、一見偶然に偶然が重なったように見える

・でも一見すると偶然起こった出来事でも、もっと長い目で見ると
必然的に起こった出来事なのかも

・人生の様々な出来事というのは実は、
全て必然的に起こっている出来事なのかもしれない

・・・と。

これが正しいかどうかは置いておいて、

こんな風に考えることで僕は、

  • 人生を長い目でみるようになった
  • 何か嫌なことがあっても、くよくよしなくなった
  • 無意味な出来事は無く、全てのことに意味があるんじゃないかな
    と思うようになった

という変化がありました。

僕は、与那嶺さんに本当に感謝しています。
これからも精一杯手伝いを続けていくつもりです。

長文になってしまいましたが、最後まで読んでくださった方、
ありがとうございました!
次回は、

・なぜ僕が1日1日のごはんを心から大切にするになったのか?
・なぜ、「食の大切さを伝える」という使命を持つようになったのか?

についてお伝えできればなと思います。
読んでいただけると嬉しいです!

では、この辺で!

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